ぱにゃにゃーん・ぼーぺんにゃん日記


托鉢の朝

今日は6時に起きて、托鉢のため、お寺に行ってきました。
いつもは「チャックノーイ(少し)」と言っても、結構待たされることが多いラオスですが、今日は7時の約束が6時半に電話がかかってきて、あと3分で迎えに来るって
ゥソーンまだ、準備がー

急いで、準備して家の前で待つこと13分。

院長先生家族到着。

みんなでお寺へ。たくさんの人。小さな子も学生も、おじいちゃんも、おばあちゃんも。

お寺に行く時は、ペービアンという布を肩にまくのですが・・・

あれ?ピンク?キティちゃん?

男子学生の肩にはキティちゃんのタオル地の布が・・

何より気持ちが大事です。

みんな、お手伝いしたり、本当に感心です。

朝からお経を聞き、神聖な気持ちになります。

私が托鉢の作法が出来てないからか、、僧侶たちにも、院長奥さんが「この子日本から来たの。だからわからないんです。日本は違うんですって」って説明してくれて、僧侶たちも笑顔で聞いてくれてます。
ありがとうございます。
ラオスの文化を私に知って欲しいっって。その気持ち大事にします。



托鉢に行く日は、病院の始業時間も遅くなります。みんな、托鉢に行くから、それが当たり前。

ただ、昨日は、明日托鉢だから、お供え物を買いに市場に行くって、当番の看護師さん達が病院からいなくなってしまった。麻紀がいるからいいじゃんってー
だめでしょー 患者さん困るでしょー って言っても聞いてもらえず。

結局会議してる、先生を呼びに行ったり、一人奮闘。

そこはボーペンニャン(気にしない)とは言わせない。と思ってしまいました。




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# by raomakky577 | 2010-09-23 23:08


誕生

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昨日、日本にいる親友が女の子を出産。夫婦のキューピットと思ってる私。
そして、タイミングの良い?ことに陣痛中に電話してしまい、5分間隔の陣痛の中、電話に出てくれた彼女。声が聞けて、そばにいるように感じながら、誕生を心待ちにしていました。無事生まれ、本当に感動です。
彼女とは看護短大時代からの仲。学生時代は部屋をシェアしたり、一緒にダンスを始めてからは、本当に多くの時間を一緒に過ごしました。めちゃめちゃ素敵な大好きな子。いいお母さんになること間違いなしやなー。
彼女がお母さんってまだ実感がわかないけど、私がわかなくてもいいんやけど笑
私が帰る頃には、子が歩いてるんやーと思うと不思議な感じ。
今年友人たちは出産ラッシュ。みんなの天使たちに会えるのが、楽しみです。

そして、ラオスでも多くの命の誕生に立ち会うことが出来てます。
赴任日に15歳の妊婦の出産に立ち会ってから、早いもので1カ月半。その間、たくさん悲しいこともあったけど、命の誕生に立ち会えることの幸せ、命の尊さを改めて実感しています。

どうしても、ラオスのお産は、お母さんたちの苦痛が強いように感じます。
きっと、お産に関して素人の私にも、出来ることはたくさんあると思うから、ラオスの人と一緒に考えていけたらいいなと思います。

今週は、先輩たちとたくさん会う機会がありました。
同じ県に5人の先輩がいる恵まれた私。
ただ、私の任地だけ、県の中心部から、バスで2時間強の群のため、すぐには会えないけど、先輩たちに会えると、安心したり、勉強になることもたくさんです。

看護師の先輩も2人にて、今までの自分の経験を惜しみなく、私に伝えてくれます。本当に感謝。先輩の活動を知ると、焦ることもあるけど、自分のペースでパニャニャーンしていきたと思います。

写真は先輩とラオス人の友人とサワンベガスという所に行った時のもの。
ここはラオスじゃなーいって感じの所でした。
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# by raomakky577 | 2010-09-12 22:26


無駄なこと

          「無駄なこと何て1つもない」
というのは、昔好きだった言葉。
ラオスで活動始めて、無駄な経験なんて、今までもこれからも、1つもないと実感。そう信じていくこが今の私には必要。
私の要望の資格は看護師経験5年以上。理由は幅広い知識と経験が必要なため。私の経験は看護師6年。
来た当初は経験って必要っだったのかなーと思ったこともあった。
ラオスと日本の医療の大きな違い。看護の考え方の違い。

でも、何1つ無駄なことはない。
私は救急センターにいたから、交通事故の患者さんの対応は自信を持てる。口も手も出ちゃう。
でも母子の経験は少ない。そこはこれから勉強。わからないこと、疑問なことは聞く。
聞いてもおかしいっな、納得できないなって思うこともある。でも、まずラオスの人に聞くこと。学ぶこと。
理由を知ることが大事。

看護の研修で相手を信じなきゃ、自分も信じてもらえないとい う言葉が1番印象に残ってたはずなのに、実践は難しい。でも忘れないように。

看護を改善しなきゃって、何かしなきゃって思ってこの1カ月、少し肩の力が入り過ぎてしまってたかな。
初めの3カ月は、何も出来ないよーと調整員や先輩たちの言葉。

今の自分のいろんな、もがきが、きっと後に繋がっていくはず。




話変わって9月1日は仲良しナースの誕生日。良く泊まりに来てくれる子。
家で日本食といってもシチューを作ってお祝いしました。
私は自画自賛で美味しいって思ったけど、ラオスの子たちの反応はまぁまぁな感じ。
ボーペンニャンやね。
みんなで、楽しくお酒も飲んで、カンパイっていう日本語がここでは、1番浸透しつつあります(笑)
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# by raomakky577 | 2010-09-06 15:48


お初

初☆
世界中の仲間たちのブログを読みながら、日々元気をもらっていました。
そんなこんなで、パソコンがとても苦手な私もブログを始めてみましたー

6月21日 ラオスの小さな空港に降り立ちました。
そこで、待っていてくれたのは総勢50人あまりの先輩隊員と調整員の方々。
私が赴任する任地の先輩達は「I LOVE SAWAN」と書いてあるTシャツを着て出迎えてくれました。(SAWANは私の任地の県名)
翌日には歓迎会。そして、先輩隊員たちの名前と顔を早く覚えられるようにと、DVDまで作成しプレゼントしてくれました。先輩達の優しさに感激。

それから1カ月は首都の語学学校へ。先生たちと市場に行ったり、ボーリングに行ったり、ご飯を作ってもらったりと、とても楽しく勉強させてもらいました。

同期や先輩隊員とご飯に行ったり、観光地に行ったり、ラオスの伝統的なシンという巻きスカートを作ったりして、首都での1カ月はあっという間に過ぎていきました。

そして7月21日、ついに任地へ。去年の8月に協力隊合格の通知ともらってから、1年弱。長かったような、あっという間だったような。
同じ県の先輩隊員がちょうど首都に来ていたので、一緒にJICAの車で任地へ
その夜はみんなでシンダート(焼き肉+すき焼き)を食べ、ラオビールを飲み、みんなでゲストハウスで一泊。
翌日先輩隊員は任国内旅行へ。調整員さんたち帰路へ。

急に1人ぽっちー
不安そうな私に調整員さんは
「この場所が福永さんにとってかけがえのない光輝く場所になるよ」という1言を残し、さっそうと帰っていってしまった。

ぱにゃにゃーん(頑張る)でもボーペンニャン(大丈夫、気にしない)だー!

そんなラオスでの日常を綴ります。
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# by raomakky577 | 2010-08-28 16:47

    

青年海外協力隊・看護師隊員のラオスでの日々
by raomakky577
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